ミヤネ屋はなぜ終了?沢尻エリカが最終回に来た理由や後番組・放送開始日を調査!

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ミヤネ屋はなぜ終了?沢尻エリカが最終回に来た理由や後番組・放送開始日を調査! エンタメ

2026年10月2日、平日昼の情報番組「情報ライブ ミヤネ屋」が最終回を迎えました。

2006年7月31日の放送開始から20年。最終回は通算5134回目となり、長年お昼の顔として親しまれてきた番組が幕を閉じました。

最終回では、沢尻エリカさんがまさかのサプライズ登場。

「なぜ沢尻エリカがミヤネ屋の最終回に?」

「そもそもミヤネ屋はなぜ終了したの?」

「後番組は何?いつから始まる?」

など、気になった人も多いのではないでしょうか。

そこで今回は、ミヤネ屋が終了した理由から、沢尻エリカさんが最終回に登場した理由、16年前の意外なつながり、後番組や宮根誠司さんの今後までまとめてみました。

ミヤネ屋が20年で終了!最終回はいつだった?

「情報ライブ ミヤネ屋」の最終回は、2026年10月2日に放送されました。

番組がスタートしたのは2006年7月31日。

当初は関西ローカルで始まり、その後全国ネットへ拡大しました。

最終回は放送5134回目。

実に20年にわたって続いた長寿番組となりました。

最終回では「あのニュースの主役を直撃&大表彰SP」と題した特別企画を放送。

藤井聡太六冠と師匠の杉本昌隆八段へのインタビューなど、20年間を振り返る企画が届けられました。

ミヤネ屋はなぜ終了した?

20年間続いた人気番組だけに、「なぜミヤネ屋は終了したの?」と疑問に思った人も多いでしょう。

今回の終了で大きなきっかけとなったのは、宮根誠司さん本人の卒業の意向です。

番組終了が発表された際、読売テレビ側は宮根さんに慰留したものの、最終的に本人の意向を尊重したと説明しています。

つまり、テレビ局側から一方的に終了を告げられたという形ではありません。

宮根さん自身が20年という節目で番組を卒業することを決断し、それに伴って「ミヤネ屋」も終了することになりました。

宮根誠司がミヤネ屋卒業を決めた理由は?

では、宮根さんはなぜ20年続けた番組を離れることにしたのでしょうか。

宮根さんは番組終了を発表した際、これまでにも何度かミヤネ屋を卒業しようと考え、そのたびに読売テレビなどから慰留されてきたことを明かしています。

そして今回、まだ元気なうちにもう一度、局アナ1年目のような気持ちに戻って仕事に取り組み、自分を見直す期間を作りたいという趣旨で卒業を決断しました。

20年という大きな節目を迎えたことも、決断するタイミングになったようです。

最終回でも宮根さんは、自身の希望による卒業だったことを改めて語っています。

視聴率低迷や打ち切りが終了理由だった?

長寿番組が終了すると、「視聴率が原因?」「打ち切りだった?」と気になる人もいるかもしれません。

しかし、今回確認できた読売テレビ側や宮根さん本人の説明では、視聴率低迷を理由に終了したとは発表されていません。

むしろ読売テレビ側は宮根さんを慰留していたことを明らかにしています。

そのため、少なくとも公式に明らかになっている経緯から「視聴率低迷による打ち切りだった」と断定することはできません。

現在確認できる情報では、宮根さんが20年という節目で卒業を希望したことが、番組終了につながった大きな理由と考えるのが自然でしょう。

なぜ宮根誠司だけ卒業せず番組自体が終了した?

ここでもうひとつ気になるのが、「宮根さんだけ卒業して、別の司会者でミヤネ屋を続けることはできなかったの?」ということです。

「ミヤネ屋」は番組名そのものに「ミヤネ」の名前が入っており、2006年のスタートから宮根さんが一貫してMCを務めてきました。

そして今回、宮根さんの卒業とともに「ミヤネ屋」自体も終了。

後任MCを置いて同じ番組を継続するのではなく、読売テレビは新しい情報番組をスタートさせる形となりました。

20年間、宮根さんを中心に作られてきた番組だからこそ、MC交代ではなく番組そのものにも区切りがついた形ですね。

沢尻エリカがミヤネ屋最終回にサプライズ登場!なぜ来た?

最終回で大きな話題になったのが、沢尻エリカさんのサプライズ出演です。

最初はリモートで出演しているように見えた沢尻さん。

ところが途中で歩き出し、そのままミヤネ屋のスタジオに登場。

宮根さんに花束を手渡しました。

では、なぜ沢尻エリカさんが最終回に出演したのでしょうか。

実はそこには、ミヤネ屋と沢尻さんの16年前からの“約束”がありました。

沢尻エリカとミヤネ屋の「16年前の約束」とは?

話は2010年までさかのぼります。

当時「ミヤネ屋」は、沢尻エリカさんへの独占インタビューを試みるため、ディレクターをスペインへ派遣しました。

沢尻さんが滞在していたマンションを探し当て、ついに本人と接触。

しかし、接触できた時間はわずか約3秒でした。

沢尻さんは驚いてマンションの中へ入り、結局インタビューは実現しませんでした。

ところがその後、沢尻さんから番組出演への意欲が伝えられていたといいます。

そして16年後。

ミヤネ屋が最終回を迎えることになり、番組側が改めて沢尻さんへ出演をオファー。

ついに出演が実現しました。

つまり今回の出演は、16年前に実現しなかったミヤネ屋出演を最終回で実現させたものだったんですね。

沢尻エリカはなぜ出演をOKした?

宮根さん自身も、沢尻さんに「なぜ出てくれたの?」と尋ねています。

沢尻さんは、ミヤネ屋が好きで、ぜひ出演したかったという趣旨で答えました。

当初はリモート出演と思わせておいて、実際にはスタジオまで来ていたというサプライズ。

16年前にスペインまで追いかけてもインタビューできなかった番組が、最終回では本人から花束を受け取るという、長寿番組ならではの展開となりました。

ミヤネ屋の最終回にはほかに誰が登場した?

最終回では沢尻エリカさんだけでなく、番組にゆかりのある出演者らも登場しました。

フリーアナウンサーの藤村幸司さんは4か月ぶりにスタジオへ登場し、がんを患っていたことを公表。

宮根さんは、大きな手術を乗り越えて戻ってきた藤村さんの姿に涙を見せました。

また、“お天気の蓬莱さん”こと蓬莱大介さんも約半年ぶりに登場。

さらに羽鳥慎一アナウンサーもスタジオに姿を見せるなど、最終回らしい顔ぶれが集まりました。

後番組「ニュースto」の黒木千晶アナウンサーと村上信五さんも登場し、宮根さんへ表彰状を贈っています。

ミヤネ屋の後番組は「ニュースto」!いつから始まる?

ミヤネ屋終了後の同じ時間帯には、新番組「ニュースto(にゅーすと)」がスタートします。

放送開始日は、2026年10月5日(月)です。

放送時間は、月曜日~金曜日 午後1時55分~午後3時50分。

全国28局ネットで放送されます。

つまり10月2日(金)にミヤネ屋が終了し、週末を挟んだ翌週月曜日から新番組が始まります。

「ニュースと“あなた”の暮らしをつなぐ」をコンセプトに、さまざまなニュースや生活に関わる情報を伝える番組となります。

ニュースtoのMCは誰?黒木千晶と村上信五が担当

「ニュースto」のメインMCを務めるのは、読売テレビの黒木千晶アナウンサーです。

そして金曜日のMCとして出演するのが、SUPER EIGHTの村上信五さんです。

最終回には2人も出演し、ミヤネ屋から新番組への“バトンタッチ”を思わせる場面もありました。

20年間続いた「宮根誠司のミヤネ屋」から、新たな出演者による「ニュースto」へ。

平日午後の情報番組がどのように変わるのかにも注目が集まりそうです。

宮根誠司はミヤネ屋終了後どうする?

ミヤネ屋が終了しても、宮根誠司さんがテレビから引退するわけではありません。

宮根さんは、まだ元気なうちにもう一度新しい気持ちで仕事に取り組みたいという思いを明かしています。

最終回でも、今後も司会者として精進していきたいという趣旨で視聴者にあいさつしました。

長年続けてきた平日昼の帯番組から離れることで、これからどのような活動を見せてくれるのかにも注目したいですね。

まとめ

今回は、「情報ライブ ミヤネ屋」がなぜ終了したのか、沢尻エリカさんが最終回に出演した理由、後番組などについてまとめました。

ミヤネ屋は2006年7月31日にスタートし、2026年10月2日の放送5134回目で20年の歴史に幕を閉じました。

番組終了の大きなきっかけとなったのは、宮根誠司さん自身の卒業の意向です。

読売テレビ側は慰留したものの、最終的に本人の意思を尊重しました。

そして最終回にサプライズ登場した沢尻エリカさんとは、2010年のスペイン取材から続く16年前の“約束”がありました。

後番組「ニュースto」は10月5日からスタートします。

20年間続いたミヤネ屋が終わり、平日午後のテレビにも新しい時代が始まります。

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